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「第4回 SOUP室内楽リサイタル」プログラムのご紹介→詳細を見る

第4回プログラム(日本語)Website

作曲家と曲目の解説

目次

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

Joseph Haydn

生誕:1732年3月31日(神聖ローマ帝国ローハウ)
死去:1809年5月31日(オーストリア帝国ウィーン)享年77歳

ハイドンは、「交響曲の父」「弦楽四重奏の父」とも呼ばれ、古典派音楽の礎を築いた最重要人物のひとりです。モーツァルトやベートーヴェンに大きな影響を与え、後の西洋音楽の発展に決定的な役割を果たしました。

オーストリアの小さな町に生まれたハイドンは、少年時代にウィーンで聖歌隊員として音楽教育を受けたのち、貧しいフリーランスの音楽家として苦労を重ねました。やがてハンガリー貴族エステルハージ家の宮廷楽長として仕えることになり、その職に30年余りとどまりながら、膨大な数の交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノ作品、オペラなどを手がけます。

この長期間にわたる宮廷生活の中で、ハイドンは孤立した環境にありながら、自由な創作の機会を得て独自の様式を育て上げました。彼は自らを「孤独によって創造力をかき立てられた」と語っており、その言葉どおり、形式の中に遊び心やユーモア、予想外の仕掛けを織り交ぜた作品は、聴く者を今なお魅了し続けています。

70歳を過ぎても創作意欲は衰えず、晩年にはオラトリオ《天地創造》などの傑作を生み出しました。ベートーヴェンの師としても知られ、温厚で誠実な人柄と、飽くなき音楽への探究心をあわせ持った、まさに「古典派の良心」と呼ぶにふさわしい作曲家です。

ピアノ三重奏
ピアノ三重奏 ――― 2025年2月1日 第3回SOUP室内楽リサイタルより

ピアノ三重奏曲 ト長調 Hob.XV:25, “ジプシー・ロンド” 第1楽章

この作品は、ハイドンが63歳のとき、2度目のロンドン滞在(1794–95年)の終盤に作曲された作品で、彼のピアノ三重奏曲の中でも最も有名なものの一つです。全3楽章からなり、特に終楽章に登場するジプシー風の主題によって、「ジプシー・ロンド」の愛称で広く親しまれています。

この曲は1795年、ハイドンがロンドンからウィーンに帰国する直前に完成されました。ロンドン滞在中、ハイドンは大きな成功を収めており、その音楽は貴族や市民を問わず幅広い聴衆に歓迎されました。当時のロンドンは産業革命のただ中にあり、政治的にも文化的にも活気に満ちた都市で、音楽市場も発展していました。ハイドンは、ロンドンのサロン文化や演奏会事情に適応しながら、当時のトレンドであった明快で輝かしい作風を取り入れ、特にピアノを前面に押し出した三重奏曲を多数生み出しました。

Haydn Trio in G e1755062462455

第1楽章「Andante」は、優雅で親しみやすい主題で始まり、変奏曲的に展開されていきます。ヴァイオリンとチェロが控えめながらも効果的に絡み合い、ピアノが豊かな装飾と軽やかなリズムで全体をリードします。このようなスタイルは、ロンドンの洗練された聴衆を意識したハイドンの工夫とも言えるでしょう。

この作品は、ロンドン滞在中に知己を得た女性ピアニスト、レベッカ・シュレーターに献呈されたとされ、彼女との親密な関係も創作の背景にあるといわれています。63歳という年齢にもかかわらず、この作品には老成よりもむしろ遊び心、リズムの活力、そして民族的なエネルギーに満ちており、ハイドンの創造力がいかに最後まで衰えることがなかったかを感じさせます。

by nd

クロード・ドビュッシー

Claude Debussy

生誕:1862年8月22日(第二帝政期フランス サン=ジェルマン=アン=レー)
死去:1918年3月25日(フランス パリ) 享年55歳

フランスを代表する作曲家、ドビュッシーは、音楽に「光と影」をもたらした存在です。彼の作品は、絵画の印象派にたとえられることが多く、聴く人の心に情景や色彩を思い起こさせるような、繊細で詩的な響きを特徴としています。

ドビュッシーはパリ音楽院で学び、22歳のときにフランスで最も権威ある賞「ローマ大賞」を受賞しました。しかし、当時主流だったドイツ音楽の形式や重厚な響きにはなじめず、イタリア留学中もしばしば規則に反した作曲をし、審査員たちを困らせたと言われています。彼は伝統にとらわれることなく、自分自身の内なる感性を信じ、やがて唯一無二の音楽スタイルを築き上げました。

その自由な精神は、性格にも表れていました。ときに辛辣で反骨的な態度を見せることもありましたが、同時に自然や詩、美に深く心を動かされる繊細な芸術家でもありました。例えば、ベートーヴェンの音楽を「重すぎる」と評したことがあり、自分にとって本当に大切なのは「音が語り出す瞬間」だと語ったと言われています。

代表作には、ピアノ曲《月の光》や交響詩《海》などがあり、その作風は「音の印象派」と呼ばれ、20世紀以降の音楽に大きな影響を与えました。

ヴァイオリン・ソナタ ト短調 第1楽章

ドビュッシーが53歳のときに作曲した本作は、彼の晩年に書かれた室内楽作品のひとつであり、生涯で完成させた最後の作品でもあります。

この作品は、第一次世界大戦下の1917年に書かれました。当時のパリは戦争による不安と疲弊に包まれており、兵士の大量脱走など軍内部でも動揺が広がり、市民生活も物資不足や空襲の恐れで大きなストレスを抱えていました。そんな中でも、芸術の火を絶やすまいという気概を持つ人々が支え合い、音楽や文学、絵画などが静かに息づいていたのです。

ドビュッシーはすでに末期のがんを患っており、体調が悪化する中でも、祖国フランスの芸術と精神を取り戻したいという思いを込めて「6つのソナタ」の連作を計画。その第3作として生まれたのがこのヴァイオリン・ソナタです。結局、彼が完成できたのはこの第3作までで、残りの3作は未完のままとなりました。

この作品は、静かで内省的な響きの中に、時折激しい情熱が立ち上がるような瞬間があり、病と戦いながらも創作を続けたドビュッシーの精神がしのばれます。初演は1917年5月5日、戦火に揺れるパリで行われ、ドビュッシー自身がピアノを演奏しました。演奏後には、「この曲を演奏するのはこれが最後になるかもしれない」と語ったとも伝えられており、その姿に深い感動を覚えた聴衆も多かったといいます。

印象派らしい色彩と詩的な美しさに満ちたこのソナタは、単なる病床の作品ではなく、芸術家としての誇りと気力を最後まで失わなかったドビュッシーの遺言のような一曲です。

by nd

アントニン・ドヴォルザーク

Antonín Dvořák

生誕:1841年9月8日(オーストリア帝国 ボヘミア)
死去:1904年5月1日(オーストリア=ハンガリー帝国 プラハ) 享年62歳

ドヴォルザークは、チェコ(当時のボヘミア)生まれの作曲家です。

幼いころは村の肉屋の息子として育ち、最初は肉屋の修業をする予定でしたが、音楽への情熱を捨てきれず、オルガン学校へ進学。オーケストラではビオラ奏者として活躍。独学で学んだ作曲は、後にブラームスにその才能を認められ、彼の推薦を受けてウィーンで出版デビューを果たしました。

ドヴォルザークの音楽には、チェコの民族舞曲や民謡のようなリズム・響きが自然に織り込まれており、素朴さと詩情、時には力強さも感じさせます。特に有名なのが「新世界より」交響曲ですが、室内楽にも数々の名作があり、親しみやすく、時に心にぐっと迫るような美しさがあります。

ちなみに、少年時代は鉄道技師に憧れたドヴォルザーク。鉄道オタクだったことでも知られています。作曲家として大成功を収めた後も、駅に立ち寄っては汽車を眺め、列車の時刻表を読むのが大好きだったとか。アメリカ滞在中も「作曲の邪魔をしない範囲で、近くの線路の見える部屋にしてほしい」と頼んだという逸話も残っています。クラシック音楽の巨匠でありながら、自然と人間味あふれる人柄が音楽からも感じられます。

Dvorak Performance1ぼかし
弦楽四重奏 ――― 2025年7月27日 第4回SOUP室内楽リサイタルより

弦楽四重奏曲 ヘ長調 第12番「アメリカ」作品96, 第1、2、4楽章

ドヴォルザークが52歳のときに作曲したこの四重奏曲は、彼がアメリカに滞在していた1893年、わずか3日間で書き上げたと言われています。作曲の舞台となったのは、アイオワ州の小さな町スピルヴィル。チェコ移民が多く住むその静かな土地で、彼は穏やかな夏を過ごしました。

この曲には、アメリカで出会った黒人霊歌やネイティブ・アメリカンの音楽の影響が感じられる一方で、彼の祖国チェコの音楽的エッセンスも随所にちりばめられています。異国に住みながらも、自分のルーツに根ざした響きを忘れない――そんなドヴォルザークの思いがにじむ作品です。

この曲に「アメリカ(The American)」という愛称をつけたのは ドヴォルザーク本人ではなく、後世の人々です。この四重奏曲がアメリカ滞在中に作曲されたことから、作曲直後からすでに「アメリカ四重奏曲」として親しまれるようになっていきました。ドヴォルザークの弟子や友人たち、出版社などが自然とそのように呼び始めたと考えられています。

全4楽章から成り、伸びやかで爽やかな第1楽章、素朴でどこか懐かしい旋律の第2楽章、民族舞踊風のリズムをもつ第3楽章、そして活気に満ちた終楽章と、どの楽章も聴く者の心をつかみます。

by nd

チェーザレ・プーニ

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生誕:1802年5月31日(ジェノヴァ共和国 ジェノヴァ)
死去:1870年1月26日(ロシア帝国 サンクトペテルブルク)享年67歳

プーニは、19世紀を代表するバレエ音楽の作曲家の一人です。イタリア・ジェノヴァに生まれ、ミラノ音楽院で学んだのち、オペラや器楽曲も手がけましたが、特にバレエ音楽の分野で名を馳せました。

34歳でロンドンに渡ったプーニ。当時イタリアオペラやバレエの中心地だった由緒ある劇場、ヘロ・シアター(Her Majesty’s Theatre)でバレエ音楽の作曲家として成功を収めます。そして、その活躍がロシア皇室の目にとまりました。

1840年代後半、彼はロシア帝国に招かれ、1851年、49歳でサンクトペテルブルク帝室劇場の専属作曲家に正式に就任しました。当時のサンクトペテルブルクはロシアの首都であり、芸術と文化の中心地として急速に発展していました。皇帝ニコライ1世の治世下で、バレエは国の威信をかけた芸術とされ、多くの才能が世界中から集められていたのです。つまり、フランスやイタリアから来たバレエ・マスターや作曲家が宮廷バレエの中心を担っていました。

プーニはここで、マリウス・プティパなど名だたる振付家と共同制作を重ね、ロシア・バレエの黄金時代を築く一翼を担いました。彼の音楽は、物語性と舞踏性を兼ね備え、ドラマティックな展開と情緒豊かな旋律で観客を魅了し、生涯で300曲を超えるバレエ音楽を作曲しています。彼の音楽そのものは、今日あまり演奏されることはありませんが、ロシアが「バレエ芸術大国」となっていく流れの中で、初期の発展を担った重要な存在だったと言えるでしょう。

バレエ音楽《エスメラルダ》より アダージョ

《エスメラルダ》は、プーニがロシアに移った直後に作曲した重要な代表作です。原作はヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』で、ジプシーの踊り子エスメラルダと、彼女を巡って翻弄される人々の物語を描いています。

このバレエは、サンクトペテルブルクで初演されると観客から大喝采を受け、たびたび再演される人気作となりました。そして、プーニがロシアで地位を確立するきっかけとなり、その後のロシア・バレエ黄金期へと続く重要なレパートリーの一つとなりました。

Bunkamura オーチャード・バレエ・ガラ特別映像より youtu.be/qHPshionlNs
Bunkamura オーチャード・バレエ・ガラ特別映像より youtu.be/qHPshionlNs

プーニの音楽は、キャラクターごとに明確な主題が与えられ、情緒豊かで親しみやすい旋律が特徴です。《エスメラルダ》の中でもとりわけ有名なのが「アダージョ」で、エスメラルダと恋人の甘く切ない想いを描いた叙情的な場面に用いられます。バレリーナのしなやかな動きとともに、ゆったりとしたテンポで美しい旋律が流れ、観客の心をとらえます。

この「アダージョ」は現在、バレエ公演に限らず、ヴァイオリンとピアノの二重奏などでも単独で演奏される美品となっており、その繊細で優雅な雰囲気は、時代を越えて多くの聴衆を魅了し続けています。

by nd

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

生誕:1770年12月17日(神聖ローマ帝国 ケルン選帝侯領 ボン)
死去:1827年3月26日(オーストリア帝国 ウィーン) 享年56歳

ベートーヴェンは古典派の伝統を受け継ぎつつ、ロマン派への道を切り開いた革新的な作曲家です。

幼少期にテノール歌手の父親から苛烈とも言われる指導を受けた後、若くしてウィーンに上京。激情的な感情表現と緻密な構築性を兼ね備えた数多くの名作を生み出しました。30代から徐々に聴力を失い、やがて完全に聴覚を失うという極限の状況に直面しながらも、内なる音楽世界を深め、交響曲や室内楽、ピアノ曲など数多くの名作を生み出しました。交響曲第9番では初めて合唱を取り入れました。

彼は、音楽を限られた階級の娯楽から、個人の感情や人間の尊厳を表現する芸術へと高めました。また、貴族の庇護に頼らず、楽譜の販売や出版契約によって生計を立てるなど、自立した芸術家としての道を切り開きました。作曲家の社会的地位の向上を追求し、「芸術家は単なる職人ではなく、社会に影響を与える知識人である」という新しい役割を築いたのです。

1827年の死去時には、約2万人ものウィーン市民が葬儀に参列。これは人口の約8%に相当します。この大規模な葬儀は、ベートーヴェンがウィーンの文化と人々の心に深く根ざした存在だったことを示しています。

ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調「春」作品24 第1楽章

このソナタは、ベートーヴェンが29歳の頃、1801年ごろに作曲されました。

「春」という愛称はベートーヴェン自身が付けたものではありません。19世紀後半以降、音楽作品に親しみやすいニックネームをつける風潮があり、第1楽章の明るく伸びやかな旋律が春の訪れを思わせるとして、後世の聴衆が自然にそう呼ぶようになりました。

初演はベートーヴェン自身がピアノを担当し、若手ヴァイオリニストのイグナーツ・シュパンツィヒとともに演奏されました。

このソナタは、当時ベートーヴェンの支援者だった資産家のモルツィン伯爵に献呈されています。モルツィン伯爵は、芸術・文化に深い関心を持ち、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトなどを支援した大銀行家でした。

「春」は、ベートーヴェンの作品の中でも特に人気が高く、220年以上にわたって演奏され続けている名作です。ヴァイオリンとピアノが対等に対話を交わすそのスタイルは、当時としては画期的で、今もなお聴衆を惹きつけてやみません。日本はもちろん、世界中の演奏会で愛されている、ベートーヴェンを代表するヴァイオリン・ソナタです。

by nd

ヨハネス・ブラームス

Johannes Brahms

生誕:1833年5月7日(ドイツ連邦 ハンブルク自由市)
死去:1897年4月3日(オーストリア=ハンガリー帝国 ウィーン) 享年63歳

19世紀ドイツを代表する作曲家のひとりであり、バッハ、ベートーヴェンに続く「3大B 」として広く知られるブラームス。

ハンブルクの貧しい家庭に生まれたブラームスは、幼い頃から父に連れられて酒場でピアノを弾いて家計を助けていました。少年時代から作曲の才能を示し、20歳のときにヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムと出会い、それがロベルト・シューマン夫妻との運命的な出会いへとつながります。シューマンは若きブラームスの才能に驚嘆し、彼を「新しい道を示す者」と称賛。特に妻のクララ・シューマンとは、生涯にわたる深い精神的な絆を築きました。ブラームスはシューマンの病気と死に深く心を痛め、クララを支えました。ブラームスは生涯独身を貫きましたが、クララへの想いは深く、その存在は彼の創作において重要なインスピレーション源となりました。

彼の性格は内向的で、頑固で皮肉屋な一面もありましたが、友情に厚く、作品に対しては非常に厳格でした。自作の多くを自ら破棄したとも言われるほど、音楽に対する妥協のない姿勢を貫いた人物です。

ベートーヴェンの音楽を深く尊敬していたブラームス。その影響は交響曲やピアノ・ソナタにも色濃く現れています。それと同時に、民謡やジプシー音楽の要素を積極的に取り入れ、作品に豊かなリズム感と情感をもたらしました。伝統と革新を独自に融合させた彼の音楽は、当時の音楽界において保守派と見なされながらも、20世紀の作曲家たちに多大な影響を与えました。

ヴィオラ・ソナタ 第1番 ヘ短調 作品120-1 第1楽章

このソナタは、ブラームスが60歳を超え、作曲活動からの引退を考えていた晩年に書かれた作品です。

彼は、当時出会った名クラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトの演奏に強く感銘を受け、ふたたび創作意欲を取り戻します。その結果生まれたのが、2曲のクラリネット・ソナタ(作品120)であり、後にヴィオラ版も本人の手によって出版されました。

第1番 ヘ短調は、まさに「情熱的(appassionato)」という言葉にふさわしく、渋くも熱い感情が深く流れる作品です。第1楽章は冒頭から低音域で力強く始まり、哀愁と緊張感を湛えた旋律が広がっていきます。全体にはブラームス晩年特有の内省的な静けさと深い陰影が感じられ、構造の緻密さと情感の豊かさが絶妙に融合しています。

ヴィオラ版では、クラリネットとはまた異なる温かみと深みがあり、特に第1楽章では、ヴィオラならではの柔らかな響きが、内に秘めた情熱を一層豊かに伝えてくれます。引退を考えていたとは思えないほど創作への意欲と集中力が込められており、まるで晩年の静かな燃焼のように、ブラームスの精神が凝縮された作品です。

by nd

セザール・フランク

César Franck

生誕:1822年12月10日(ベルギー王国 リエージュ)
死去:1890年11月8日(フランス 第三共和政 パリ) 享年67歳

ベルギー生まれで後にフランスに帰化したフランクは、19世紀後半のフランス音楽界において、独自の精神性と構築美をもって革新をもたらした作曲家・オルガニスト・教育者です。

幼少期から天才少年として注目され、13歳でパリ音楽院に入学。のちにサント・クロチルド教会のオルガニストに就任すると、その即興演奏は「神がかり的」と称され、敬愛されました。作曲家として名が広まったのは比較的遅く、彼の多くの代表作は晩年に書かれています。

普段は温厚で信仰心深く、弟子たちからは「父フランク(Père Franck)」と慕われていました。自己主張の強い同時代の作曲家たちの中で、彼は生徒の才能を育むことに喜びを見出し、名教師としても名を残しました。循環形式や和声の探求を通して、後世の作曲家たちに強い影響を与えた存在です。

彼の弟子には、フランクの精神を受け継ぎ音楽教育に尽力したヴァンサン・ダンディがおり、パリに「スコラ・カントルム」を設立して教えを広めました。また、エルネスト・ショーソンは独自の叙情的な作風で高く評価され、両者ともフランクの遺産を受け継ぎフランス音楽の発展に貢献しました。

ヴァイオリン・ソナタ イ長調  第1、2楽章

フランクが63歳のときに作曲した本作は、彼の晩年を代表する傑作であり、フランス・ロマン派室内楽の頂点のひとつとされています。

このソナタは、「ヴァイオリンの王」とまで呼ばれた若きヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして贈られました。初演は1886年9月、ベルギー・リエージュでの結婚式当日。イザイとピアニストのマルセル・サンジェンによって演奏され、その演奏は長く語り継がれています。会場には自然光しかなかったため、日没が迫るなか第4楽章を譜面が見えなくなる前に一気に弾ききったという逸話は、この作品にまつわる有名なエピソードのひとつです。

第1楽章より
第1楽章より

さらに、イザイはこのソナタを生涯にわたって愛奏し、自身のリサイタルでは常にレパートリーに含めていたといわれています。彼の熱意と演奏によって、この作品の評価は早くから確立し、瞬く間に広く知られるようになりました。

このソナタは「循環形式」によって全楽章が有機的に結びつき、深い叙情性と構築美を兼ね備えています。ヴァイオリンとピアノが対等に響き合うその姿は、室内楽の理想的な関係性を体現しています。

現在もなお、世界中の主要なホールや音楽祭で頻繁に取り上げられ、多くの名演奏が生まれ続けている、まさに時代を超えた傑作です。

by nd

ロベルト・シューマン

Robert Schumann

生誕:1810年6月8日(ザクセン王国 ツヴィッカウ)
死去:1856年7月29日(プロイセン王国 エンデニヒ)享年46歳

シューマンは、ロマン派を代表するドイツの作曲家であり、音楽評論家、そして文学的感性に富んだ芸術家です。若い頃はピアニストを志しましたが、指の故障により演奏家の道を断念。その後は作曲と評論活動に専念し、「音楽と文学の融合」を目指す詩的な作品を数多く生み出しました。

1830年代には音楽雑誌『新音楽時報』を創刊し、ショパン、ベルリオーズ、ブラームスなどの新進気鋭の作曲家たちを世に送り出す批評家としても活躍しました。

また、ピアニストのクララ・ヴィークとの情熱的な恋愛と結婚も有名で、彼女は生涯にわたり彼の創作と精神の支えとなりました。

晩年は精神疾患に悩まされ、1854年には精神的な苦しみのあまりライン川に身を投じ、自殺を試みましたが未遂に終わりました。その後、精神療養施設エンデニヒに収容され、そこで最期の2年を静かに過ごし、46歳でこの世を去りました。

精神の闇に苦しみながらも、シューマンの音楽は内面世界を深く掘り下げた誠実で情熱的な美しさをたたえており、現在も多くの聴衆の心を打ち続けています。

ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44 全楽章

このピアノ五重奏曲は、シューマンが32歳だった1842年、「室内楽の年」と呼ばれる時期に作曲された作品で、彼の室内楽の中でもとりわけ高い人気を誇ります。

ピアノと弦楽四重奏の編成を巧みに活かした構成と、ピアノと弦楽器が対等に対話する緊密な構成が特徴で、これにより「ピアノ五重奏」というジャンルを確立した歴史的な名作と評価されています。情熱的な表現と構成の完成度の高さは、後の作曲家にも大きな影響を与えました。

作曲当時、シューマンはクララと結婚してわずか2年ほど。クララ自身も名ピアニストとして活躍しており、この作品のピアノパートには、彼女の存在が強く反映されているとも言われます。初演はクララ自身がピアノを務め、ベルリンで行われました。演奏は大成功を収め、聴衆や音楽関係者から高い評価を受けるとともに、多くの批評家も絶賛しました。特に、クララの繊細かつ情熱的な演奏は作品の魅力を最大限に引き出し、その後の人気に大きく貢献したと伝えられています。

第1楽章の堂々たる主題提示、第2楽章の沈思的な葬送行進曲風アンダンテ、第3楽章の軽快なスケルツォ、そして第4楽章のフーガを用いた終結は、緊密な構成と情熱的な表現により、聴く者に強烈な印象を与えます。180年経っても世界中の演奏家にとって重要なレパートリーの一つであり、ピアノと弦の対話、調和、そして衝突の美を体現したこの作品は、ロマン派室内楽の真髄とも言えるでしょう。

by nd

田中 渚

Nagisa Tanaka

Cello

福岡県出身。桐朋学園大学カレッジ・ディプロマコース・チェロ専攻2年。
10歳よりチェロを始め、演奏を行う中でコンサートホールを作りたいと思い、一級建築士に。

東北大学工学部建築学科、神戸大学大学院建築音響専攻卒業後、コンサートホール、レコーディングスタジオ、テレビ局等の設計を行う。

2015年、自身の音響設計会社と音楽スタジオを設立。音楽家の演奏空間と関わる中で、自身もより音楽と共に暮らす生活を目指したいと思い、現在ディプロマ生として鍛錬を積む。

チェロを髙木慶太氏、室内楽を島田綾乃、山崎伸子、磯村和英各氏に師事。

https://soraotosha.main.jp/

美島 咲子

Sakiko Mishima

Viola

大阪府出身。5歳よりヴァイオリンを始める。立命館大学在学中は立命館大学交響楽団に所属し、第2ヴァイオリンの首席奏者を務めた。

 

所属した吹奏楽団や交響楽団での活動を通して、アンサンブルの中核を担う中低音域の魅力に惹かれ、21歳よりヴィオラを始める。

 

現在はヴァイオリンおよびヴィオラ奏者として、Orchestra Fundamentals、東京カンマーフィルハーモニーなどに所属。

関東を拠点に、オーケストラや室内楽を中心に活動するほか、オペラ公演での演奏にも参加している。

これまでに、棚田めぐみ氏、村田恵子氏に師事。

安田 真理奈

Marina Yasuda

Violin

茨城県つくば市出身。1987年生まれ。早稲田大学卒業。
2004年、鎌倉市音楽コンクール高校の部 第2位 ほか受賞。早稲田大学交響楽団ではソロコンサートマスターを務める。

2009年ヨーロッパツアーで演奏した交響詩「英雄の生涯」のヴァイオリンソロは、ヨーロッパ各公演地および国内外の紙面で高い評価を得る。ベルリン公演はWORLD配信され、ユニバーサルミュージッククラシックよりCDとして販売。ベルリン・フィル第一コンサートマスター Daniel Stabrawa 氏からも好評を得る。

学生時代から、つくば市内を中心に病院、幼稚園、小学校などでコンサートを行う。
東京音楽大学オーケストラアカデミー修了。
松山バレエ団「くるみ割り人形」サンパール荒川版ではコンサートミストレスを務める。

現在は、「コバケンとその仲間たちオーケストラ」を中心に、オーケストラでの演奏に加え、室内楽演奏も行っている。

滝 千春

Chiharu Taki

Violin

桐朋女子高等学校音楽科を経て、チューリッヒ芸術大学、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学を修了。ユーディ・メニューイン国際コンクール第1位をはじめ、国内外の主要コンクールで受賞を重ねる。小澤征爾ら名指揮者と共演し、ソリスト、室内楽奏者として国内外で活躍。『PROKOFIEV STORY』『Schnittke CLOWNS』などのアルバムが軒並み高い評価を受けている。

現代日本を代表する作曲家たちより作品の献呈や委嘱を受ける音楽のミューズでもある。

反町 有沙

Arisa Sorimachi

Piano

5歳よりピアノを始める。グレンツェンピアノコンクール金賞受賞をはじめ、各種コンクールにて入選・入賞。在学中、学内オーディションにてピアノ、パイプオルガンの両部門において選抜され、それぞれの演奏会に出演。学内実技試験において優秀な成績を収め、卒業時に表彰を受ける。

 

ダルクローズ・リトミック エレメンタリー免許取得。推薦により、スイス・ジュネーヴのInstitut Jaques-Dalcrozeへ赴き、ダルクローズ音楽教育法を学ぶほか、ジュネーヴ州立高等音楽院にてファブリツィオ・キオヴェッタ氏のピアノマスタークラスを受講するなど、国内外で幅広く研鑽を積む。

 

これまでにピアノを中澤真麻、小林裕子の両氏に、パイプオルガンを荻野由美子、声楽を馬淵元子、ダルクローズ音楽教育法を鈴木顕子の各氏に師事。

 

現在はダルクローズ教育法を基盤とした幼児音楽教育の研究・実践に取り組む傍ら、ピアノソロ、伴奏、室内楽など多岐にわたる演奏活動を行っている。

中島 愛実

Megumi Nakajima

Trumpet

東京音楽大学トランペット専攻卒業。
ガボール・タルケヴィ、ハンス・ペーター・シュー各氏をはじめ、世界的な奏者のマスタークラスを多数受講し研鑽を積む。

齋藤 麻里亜

Maria Saito

Bassoon

3歳よりピアノ講師の母の下でピアノを始める。幼少期より数々のピアノコンクールで入賞。12歳より吹奏楽部にてサキソフォンを始め、柴田祥子、石渡悠史、各氏に師事する。国立音楽大学付属高等学校音楽科サックス専攻入学後、馬込勇氏の元でファゴットを始め、在学中ファゴット科に転科。同校在学中、スイス・アローザ夏季国際音楽アカデミーにてファゴットソロリサイタルを開催、数々のオーケストラとファゴットコンチェルトを協演し好評を得る。

1999年同校卒業後、渡欧。ウィーン国立音大ファゴット専攻科ピアノ副科共に首席入学。在学中よりウィーン国立歌劇場オーケストラ等で活動し、ソロリサイタルも勢力的に行う。室内楽ではウィーンフィル首席クラリネット奏者のペーター・シュミードル氏らと木管五重奏を共演する。JILA音楽コンクール第3位、長江杯国際音楽コンクール第2位 (1位なし) 、第1回東京音楽コンクール第3位。PMF2001SAPPOROに参加し、シャルル・デュトワ、佐渡裕両氏と共演。 

これまでにファゴットを故カール・エールベルガー、ミラン・トゥルコビッチ、シュテパン・トゥルノフスキー、各氏に師事。室内楽をペーター・シュミードル、マリア・プリンツ、ゴッドフリード・ポコルニー各氏に師事。ピアノをマリア・プリンツ氏に師事する。現在は、MU’s交響楽団首席ファゴット奏者、首都圏の幼稚園・保育園でリトミック講師や音楽教育監修を行い、様々なオーケストラ、ブラスバンドでの講師や演奏家として活動する傍ら、男女4人の子育てに奮闘し、子供と音楽との関わりについて研究しており、講師歴は10年以上、これまでの生徒数は200名を超える。

https://www.instagram.com/mu_s_staff?igsh=MWl3dGJhanN5emtycQ%3D%3D&utm_source=qr

https://youtube.com/@cafemus6439?si=nCXU0BiP8m7dnqLQ

品田 博之

Hiroyuki Shinada

Clarinet

10歳でピアノを挫折して以来しばらくは“聞き専”となり中学生でマーラーとブルックナーの交響曲に出会う。高2の頃マラ2とブル8を演奏せずに死ぬわけにはいかぬという啓示を受け、一念発起しオーケストラ部に入部。クラリネットを当時N響奏者の佐藤誠氏に師事。その後も順調にアマオケ活動に勤しむ傍ら工学部を卒業し某JTC※の研究者も兼ねる。

 

モダン楽器によるオケ活動を継続しつつ、最近は古典クラリネットを満江菜穂子氏に師事し、モーツァルト時代の楽器のレプリカを用いて五重奏曲と協奏曲を演奏した。なお、マラ2もブル8もすでに3回演奏し、マーラーの交響曲はコンプリート、ブルックナーも4番以降は演奏したが他にも演奏したい曲はたくさん残っており、まだまだ頑張る予定。

(脚注)JTC※:Japanese Traditional Company日本の伝統的な大企業

新井 昴

Subaru Arai

Cello

東京音楽大学付属高校、東京音楽大学を経て同大学大学院科目等履修生を終了。
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京21世紀管弦楽団等、都内オーケストラへの客演や、室内楽でラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、モスクワ音楽院・ラフマニノフホール公演など多数の演奏会に出演。
ピアニストの安並貴史、ヴァイオリニストの伊藤万桜と共にピアノトリオ「TrioDusha」を結成した他、 自主企画のリサイタルなどでも演奏活動をしつつ、後進の指導も行っている。
これまでにチェロを藤森亮一、苅田雅治、山本裕康、ドミトリー・フェイギンの各氏に師事。 東京音楽大学付属高校非常勤講師。

野村 咲絵

Sakie Nomura

Violin

広島県出身。エリザベト音楽大学ヴァイオリン専攻卒業。在学中に、クーベリックトリオ主宰”ミュージック・キャンプ・プラハ”を受講。卒業と同時にチェコのプラハに留学。チェコ国立プラハ音楽院などでソロや室内楽を学ぶ。その間、チェコフィルハーモニー管弦楽団のメンバー率いる、ドヴォルザーク室内合奏団に所属。5年間の留学生活を終え帰国。

 

現在、関東を中心に演奏活動を行う。弦楽合奏団ENSEMBLE MINATO団員。みなと弦楽合奏団コーチ。これまでに中村英昭、田野倉雅昭、石川静、Pavel Kudelasek、Paul Herreraの各氏に師事。

北川 倫代

Michiyo Kitagawa

Piano

宮崎市在住。武蔵野音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業。宮崎県立芸術劇場主催 パイプオルガン・チェンバロ講習会上級コース修了(パイプオルガン)。

 

PTNAグランミューズ部門Dカテゴリーにおいて、2005・2008年度全国大会入賞。

 

後進の指導を行う傍ら、オルガンによる通奏低音、ピアノでのアンサンブル、合唱伴奏など、幅広く演奏活動を行っている。また、(公財)宮崎県立芸術劇場アウトリーチ事業登録アーティスト第8期生としても活動。2025年よりSOUPエクステンションプログラム「リズムトレーニング」クラス講師。

 

これまでにピアノを片野郁子、矢野月子、穐吉慶子、猿木宜子各氏に、パイプオルガンを大塚直哉氏に師事。

井上 ゆき

Yuki Inoue

Cello

京都市立芸術大学卒業後、茨木市専属アーティストとなる。西尾由佳里、上村昇に師事。新倉瞳氏マスタークラス、霧島音楽祭参加など、演奏活動の場を広げていきたい。

マシュー・リー

Matthew Li

Viola

イギリス出身。3年前、英国大使館の外交官として来日。イギリスでは小学生の頃よりヴァイオリンを学び、さまざまなオーケストラや室内楽グループで演奏経験を重ねてきた。

 

来日後、以前からその深く温かな音色に惹かれていたヴィオラを本格的に始める。SOUP室内楽プログラムには今回で3期目の参加となる。

今回演奏されるエルガー《ピアノ五重奏曲》は美品にもかかわらず日本では演奏機会の少ない作品であるが、その紹介に向けて大きな力となった。英国音楽への親しみと、室内楽への深い造詣をあわせもつ。

森谷 瑛介

Eisuke Moritani

Violin

3歳よりヴァイオリンを始め、佐藤瑛里子氏に師事。ソロとオーケストラを中心に音楽を学び、高校時代にはオーケストラでコンサートマスターを務めた。

SOUP室内楽プログラムには今回で3期目の参加となり、現在は室内楽にも意欲的に取り組んでいる。本公演では第2ヴァイオリンを担当。会社勤務のかたわら、仕事後には練習に駆けつけるなど、熱心に音楽と向き合っている。

好きな作曲家はラヴェルで、《ピアノ協奏曲》《水の戯れ》《クープランの墓》などに特に魅力を感じている。ビリヤードやサッカーにも親しんでいる。

長野 充

Mitsuru Nagano

Violin

5歳からヴァイオリンを始め、小林健次氏に師事し、日独フィルなどのオーケストラのコンマスを務める。その後、HIP(歴史的考証に基づく演奏)を求め、渡邊慶子、千成千徳氏らにバロック奏法を学び、欧州にてエンリコ・ガッティ、ルーシー・ファン・ダール氏らの指導を受ける。

 

ブラビシモ・クラシカ2001ファイナリスト賞。ギターとのデュオで東京都公認ヘブンアーチスト。古楽やクラシックからラテン、ジャズに至るまでクロスジャンルの表現を目指して演奏活動をしている。

宮守 絢子

Ayako Miyamori

Piano

Coming Soon

中村 恭子

Kyoko Nakamura

Cello

20代よりチェロを始め、オーケストラでの演奏を中心に音楽活動を続ける。普段は会社員として勤務しながら、音楽に親しむ日々を送っている。SOUP室内楽プログラムには今回で2期目の参加。

以前から室内楽を学びたいという思いを抱いており、SOUPで実現できたことを大変うれしく感じている。先生方の指導はもちろん、経験豊かな仲間から学ぶことも多く、互いに意見を交わしながら丁寧に音を組み立てていくプロセスは楽しくて仕方ない。一緒に演奏する仲間への感謝を胸に、今回の舞台に臨む。

ビールと山登りをこよなく愛する。

川勝 美知子

Michiko Kawakatsu

Viola

5歳からヴァイオリンを、3年前からヴィオラを始める。

米国で暮らしていた時に、アマチュア奏者でも室内楽を真剣に楽しむことができる団体と素晴らしい指導者達に出会ったことがきっかけとなり、帰国後はSOUP室内楽プログラムの立ち上げ当初より参加。最初の受講生として、現在の仕組みが形づくられていく過程とともに歩んできた。

寺西 丕

Hajime Teranishi

Violin

1944年生まれ。7歳からヴァイオリンを始める。母が音楽大学ピアノ科出身であったことも、音楽に親しむ大きなきっかけとなった。

高校ではオーケストラ部でコンサートマスターを務めた。大学時代はオーケストラ活動のかたわら、山岳部で山歩きにも熱中。ヴァイオリンのレッスンは大学4年まで続け、最後にラロ《スペイン交響曲》に取り組んだ。

社会人となってからは地方転勤により一時音楽活動を休止したが、東京に戻ってから大学OBオーケストラに参加。その後、モーツァルト作品を中心に演奏するオーケストラに加わり、現在も活動を続ける。室内楽は、オーケストラ仲間と古典作品を中心に約20年にわたり親しんできた。

SOUP室内楽プログラムは3期目の参加。ピアノを含むアンサンブルに取り組めることに、大きな喜びを感じている。

仕事では、石油化学メーカーのエンジニアを経て、鍼灸マッサージ師の資格を取得。現在は介護事業を経営し、22年にわたり地域の福祉に携わっている。

平田 明代

Akiyo Hirata

Violin

神奈川県横浜市出身。6歳よりヴァイオリンを始める。桐朋学園大学音楽学部附属「子供のための音楽教室」にてソルフェージュを学ぶ。

これまでにヴァイオリンを久保田浩子、戸澤典子の各氏に師事。 中学卒業を機に一度楽器から離れるも、社会人となり音楽の持つ計り知れない力に気づき再開。現在は税理士として働く傍ら、新日本交響楽団をはじめとするアマチュアオーケストラや弦楽合奏団に所属し、演奏活動を行っている。

SOUP室内楽プログラムには今期で2回目の参加。音楽への高い情熱を持つ仲間たちと、真摯に楽曲に向き合える時間に幸せを感じている。